カテゴリー: 休閑

今シーズン総仕上げの畑耕し作業をしています


種を蒔いたり、収穫したり、華やかな作業は畑の管理作業のほんの上辺にすぎません。

例えば、農産物の生産現場を知りたいと思ったとして、種を蒔いてから収穫までを見た、手伝ったとしてもそれは100%のうちのほんの数%を知ったにすぎないと思います。

「いつもは何をしているのか?」と以前Bさんから聞かれた時に即答は出来なかったのですが、よくよく考えてみると一番多くの時間は「畑耕し」に費やしてます。緑肥栽培を含め実に多くの時間を「土作り」に費やしています。


一般的に「ロータリー(ハロー)」と呼ばれる作業機を好んで使ってます。

回転軸に小さな爪がたくさん付いている単純な機械です。手作業の鍬(くわ)作業を機械的に模倣した形が気に入ってます。

耕す深さは約10~15cm程であまり深くは耕やせない所も気に入ってます。

この辺りの地域では11月中旬~下旬には畑の凍結が進み作業しにくくなるため、その前に一年の総仕上げと来年の準備として収穫の残渣を主にプラオ耕(耕す深さは約30~40cm)で鋤き込み、その年の作業を終えます。

休閑緑肥のシロカラシを鋤き込みしてます


シロカラシはイエローマスタードシードとして海外では栽培、収穫されているようです。※ピンク色に見えるのは「オオイヌタデ」(雑草)の蕾と花です。

まだ緑の未熟な種の入っている莢を口にすると、確かにピリッと辛いマスタードの味がしました。

この後、約一か月かけて徐々に腐熟を促しながら土に鋤き込んでいきます。

そうして植物性の有機質肥料として、次の小麦の養分となります。

今年は15年以上もシロカラシを栽培してきて初めての試みとして、一部マスタードシードとして収穫してみようと思います。

たっぷりの手づくりマスタードをパンに塗りたくる自分へのご褒美のために。

「シバムギ」抜きをやってみたい方募集します


シロカラシ2019 #organic#休閑緑肥

今年はダイオウ(エゾノギシギシ)は少ないのですが「シバムギ」が部分的に増えてきて困っています。


草取りをせずして無農薬、有機・自然栽培、オーガニック、ビオは語れません。


「シバムギ」が無くなるまでボランティアスタッフを随時募集しております。

直感的に「あ、やってみたい」と思われた方いかがですか?
抜くも抜かないも時間も自由です。(抜く時は根っこから抜いてください)

した方がいい、しなくてはいけない、などの理由ではなく、直感的なご自身のご判断でお願いします。

6/12日追記
「シバムギ」抜きのシーズンは終了しました。

受け付け、お問い合わせは ↓ からどうぞ。
お問い合わせ】 【インスタグラム(ピリカアマム)】 【ツイッター(ピリカアマム)

休閑緑肥としてのイエローマスタードシードを蒔き終えました


イエローマスタード2019 #無農薬・無肥料の自然栽培#休閑緑肥

マスタードの種を蒔き、無農薬・無肥料で育てます。
つまり自然栽培のマスタードです。
※「自然栽培=無農薬・無肥料」とした場合


このマスタードは緑肥用として栽培してますので、約2ヶ月後の花が咲き終わる頃を見計らって種を付ける前に土に鋤き込みます。
鋤き込まれたマスタードは次の栽培作物(小麦)の養分(緑の肥料=緑肥=植物性有機質)となります。

次の小麦は無肥料ではないので、無肥料の自然栽培とは微妙に赴きが異なります。

全くの無肥料の自然栽培よりも、緑肥で地力回復を行なう有機栽培(緑肥=有機質)の方が、優れた農産物を産み出す場合もあります。

いつからか自然栽培=無肥料栽培=最高品質と誤解されるようになってしまい、それが良かったのか悪かったのかはよくわかりません。

今シーズンがようやく始まり、景観用のシロカラシを蒔きました。


シロカラシ2019 #bio#より自然な栽培#pirkaamam

6月16日の催しに花を添えるべく、逆算してシロカラシの種を蒔きました。

でも、まだ地温も低くお世辞にも播種適期とは言えないですから、おそらく開花が間に合わないような気がします。

人を乗せるトラクタートロッコ案は、公道を走るのは許可が下りないだろうとボツになりました。
シロカラシ畑を巨大な迷路にする案は、迷路を上手に作る方法が思いつかずにボツになりかけてます。

でも、そう言う二番煎じではなく新しいアイデアが閃かないか考えているのですが、そう簡単には出てきそうにありません。

今シーズンの畑仕事が終わりました


ダイオウの凄かった「はるきらり」後の畑 #organic#bio#より自然な栽培#pirkaamam

冬へ向けての複数回の耕起を終え、まっさらな黒いキャンパスへ、思い出もリセットされるのでしょうか。

ここは今年一番の苦労と思い出の畑でした。
考えてみると畑では苦労が思い出としてより強く多く残るのかもしれません。

先人や他人の努力や苦労は自分が同じ努力や苦労をして、初めて心から理解できるようになります。
何故そうしたのかも、良い意味も悪い意味も含めて。

思いやりや感謝の気持ちが今年もまた少し育ったように感じます。
今年一年、ありがとうございました。